「忠臣蔵」について
私は「忠臣蔵」が好きでない。まず、一人を殺すのに四十七人が死ぬのでは、効率が悪すぎる。しかも、やるなら一対一でやらねば卑怯である。もちろん、吉良邸の家人も複数殺したらしいが。
常識的に考えて、刃傷沙汰が禁止されている松の廊下で、刀を抜いた浅野内匠頭側に非があるのは事実だ。吉良上野介に何を言われようとも、言葉で返すべきで、そこに少しの皮肉でも含めば、吉良も黙ったことだろう、「こやつ、やるな」と。その知恵もなくすぐ行動に出るのでは、あまりに幼すぎるではないか。
また、吉良側の言い分も聞いてみなければ、吉良自身が悪かったのかどうかもわからない。毎年暮れになるたびに、吉良家の末裔の皆様は、忸怩たる思いをされているのではないか。私にはお気の毒に思われる。
吉良家の御当主には、ぜひテレビか何かで主張してほしい。しかし、テレビ局側がOKしないだろう。なんといっても「忠臣蔵」はドル箱なのだから。
浅野内匠頭は源義経のような人だったのでは、と想像する。それにしても、四十七人は多すぎる。その効率の悪さが日本人の琴線に触れるのだとしたら、社会保険庁その他の無駄遣いもわからんではない。効率の悪いのが好きなのである、日本人は。
泉岳寺に行った時、赤穂浪士の墓が並び、線香がもうもうと焚かれていたのを思い出す。

コメント