2006年12月20日 (水)

井上陽水と音楽家

 昨日、ユーミンの印象を書いたが、彼女を音楽の一方の端とすれば、対極にあるのは、井上陽水だろうか。

 彼の音楽を聴くと、基本的に短調で(おそらく70年代フォークを代表するような)、昔から同じことを繰り返しやっているのではという感じがする(日本人は短調の曲が得意?)。そして井上陽水の場合、歌い方と声が非常に特徴的で、濃い。

同じことといったのは否定的ではなく、音楽家は「同じこと」を繰り返す以外ないと私は思っているのである。それはつまり、その人自身が強烈な自我を持つことの逆証明であり、そうならざるを得ないのである。

音楽に限らず芸術家というのは、たいてい、個人にそれほどのアイデアのバリエーションはなくて、必死で時代時代の「包装紙」を変えて生きながらえるものでは、と思う。

そしてそのほうが、聴き手もキャラクター付けがしやすく、結果的に受け入れやすいのかもしれない。画家で言うと、私自身、なんでもできるピカソよりも、どれも同じのゴーギャンのほうが好きである。マイルス・デイヴィスにしても、各時代、有能なプレイヤーや作曲家を周りに配置したから、千変万化に見えるが、本人はあまり変化していない。

そう考えると、マッカートニーやユーミンのすごさが、また際立ってくるのだが。

2006年12月19日 (火)

ユーミンについて

 日本の音楽家でビートルズに匹敵する仕事を残しているのは、松任谷由実ではないだろうか。特に、荒井由実&キャラメルママ時代の曲は、さまざまなアイデアがあって、メロディーも美しい。

当初、私が持っていたユーミンのイメージは、なんだか一本調子な歌い方だなあ、とか、高音域になるとちょっとべチャッとするなあ、ぐらいのものだった。もちろん「卒業写真」「あの日にかえりたい」など、いい曲を書く人だというのは知っていたが。

ところがいざ聴いてみると、何の表情もないような声の出し方が、かえって透明度を増し、そこに聴き手の感情をのせるスペースが生まれるのである。トランペットで言うと、マイルス・デイヴィスのノン・ビブラート奏法のようなものか。

僕の持っているのはベスト盤だが、それにしてもあの70年代、四畳半フォークが主流だったころに、これほど品が良くて明るい音楽をやっていたとは。「雨のステーション」を聴かれたし!

今は空中ショーもされるらしいが、そういう面でも恐るべき人だ。天才だ。

2006年12月14日 (木)

大衆性とマニアックについて

 音楽でも絵でも、大衆性を目指すか、マニア受けをねらうかという問題が、常にある。

 ジャズという音楽は、聴く人がまず少ない。そこでより多くの聴衆を開拓しようと思えば、メロディーは単純に、アドリブは音数少なめに、あるいはジャズ的なフレーズは避けて、と考える。そうすると、前述のように期せずして否定的な表現が増える。裏返すとジャズファンは、そうでないのを求めているのだから、一般のファンは増えようがない。

 ジャズ的に内容があっても、いい耳をもった少数の人に評価されるだけで、食えない。世の中のビジネスのほとんどは、「あなたが欲しいものを、お作りしますよ」の姿勢で成り立っているものである。しかし芸術は「おれがいいと思うものを、おまえもいいと思え」という態度なんだから、食えないのが当たり前といえば、当たり前だ。

 しかし大衆に受けるということは、「旬」「流行」という言葉に象徴されるように、使い捨てなのである。おいしい野菜は早めに食べて、食べたらすぐ忘れる。しかし少数の人は、野菜の彫刻をいいなあ、とほめるかもしれない。腐れる心配がないし、年月にも耐えるのだ。

 何が言いたいか混乱してきたので、この辺でやめます。

2006年12月13日 (水)

天気の理屈

 珍しく『Newton』を買ってみた。天気のしくみを解説している。なるほどと思った点をご紹介したい。

 まず、日光により多く当たるところに雲ができるらしい。空気が上昇し、中の水分が雲になるのだ。地球は地軸が傾いているので、日本の夏は北緯20度あたりに直射日光が当たる。すると北半球に雲が発生しやすい。逆に冬は南緯に当たるので、南半球側に雲が多くできる。

春と秋は赤道に日光が当たるので、その付近に雲ができるのである。そういう仕組みだという。なるほどと思った。これで、夏から秋にかけて台風や大雨があったり、冬に晴れた日が多い理由がわかった気がする。これに自転方向の力が加わって、貿易風(大西洋の北東から南西にかけての風)や、偏西風が起きたりするという。

ほかにも、日本の北風は、シベリアから南下する風がヒマラヤ山脈にぶつかって行き場を失い、それが左へ流れてくるものだというのも、興味深かった。

 だいたいそんな内容だと解釈したが、これでよかったのかな。地球さん、おしえてね。

2006年12月12日 (火)

地方局の標準語

 地方局のアナウンサーは、地元採用の人と、県外出身者とがいるらしい。地元の人も、何とか標準語(共通語)らしくしゃべろうとしている。おそらく裏で訓練しているのだろう。

それでも、そこに天気予報のお兄さんが加わり、どうにも珍妙な「東京風」イントネーションで話し始めると、それに影響されて、若い女性アナウンサーの抑揚も崩壊し始める。するとどこに基準があるのかわからなくなり、迷走が止まらない。明らかに、変だ。これは、いったい何語だ?!

大阪を舞台にしたドラマに東京出身の俳優が出ているときも、同じ気持ち悪さを感じる。

私はそれで「大誘拐」という映画を途中でやめてしまった。そういえば幕末のドラマで、鹿児島弁をきちんと話す俳優を見たことがない。鹿児島県民にとっては「跳ぶが如く」もつらかったのである。それなら標準語で通したほうがいい。

言葉も地産地消が一番だと思った。

なお、よくニュースなどで見かける、地方で街頭インタビューを受ける人のイントネーションの多くは、標準語のそれに近づけようと努力したものであり、地元民の普段の会話のそれとは違うことを、首都圏の人は知っておいたほうがいい。

2006年12月11日 (月)

ギタリストのタッチ

 アメリカに限らないが、一流といわれるギタリストと、日本のギタリストの大きな違いは、タッチにあると思う。タッチとは、音の出し方、具体的にはどのように弦に触れ、振動させ、指を離すか、ということだ。

僕の好きなギタリストはパット・メセニーやアール・クルーだが、メセニーの場合は、ピックの側面で弦をはじくという。サウンドに滑らかさを出すためらしい。しかも実にソフトに触れ、ソフトに離れるから、サウンドがうねうねと続き、とてもなめらかでグルービーになる。そしてサウンドに厚みが出る。

たいして日本のギタリストは、一概には言えないが、日本のエレキが「テケテケ」と表現されるように、一音一音がぶつぎれになっていて、日本語のア・イ・ウ・エ・オ、カ・キ・ク・ケ・コ、そのままなのだ。逆に言うと、アメリカ人奏者は、英語をしゃべるように弾いている。そう、つながっているのだ、レガートに。

いくらいい内容の演奏をしていても、この点が克服されない限り、日本のギター界に明るい未来はない。

2006年12月10日 (日)

大相撲巡業

 大相撲の巡業がやってきたので、行ってきた。朝青龍の土俵入りを見る。手を広げるときの弾むような動きはテレビで見るそのままだ。土俵の中央に出、手を打ったとき「よいしょー」と叫んでしまったが、実際は四股のときに言うべきもので、私は浮いてしまった。

 勝負自体はまったく真剣みはないが、このゆるさが巡業というものだろう。これがあっての本場所の集中力と想像すれば、それも仕方ないかもしれない。

 土俵下で出番を待つ雅山に、前二組の負け力士が飛び込んでいって、雅山は参ったなあという顔をしていた。同じことを千代大海もされていたが、本人にだまってやった、いたずらだろう。ちょっとおかしかった。また、朝青龍が塩を掴むや、背中側に振りまき、それを浴びたじいちゃんばあちゃんが「うひゃひゃひゃ」と喜んでいたのも趣があった。

 なんといっても、貴乃花親方が勝負審判で来ていたのがよかった。終了後、出口で待っていたら、黒のトレンチコートを身に纏った親方が出てきた。おおすごい。宮沢りえと同じくらい痩せていたが、格好よかった。背は185cmくらいだろうか。

2006年12月 8日 (金)

蝿をつぶす

 さっきからブンブンとうるさいのは何だ。蝿だ。蝿が飛んでいる。十二月だというのに。私の体にまとわりつく。腕にとまったのをはらうと軽く旋回しておでこにとまる。また手ではらうと後ろを回って左腕にとまる。肩をあげて除けると、頭にのる。いらいらしてきて首を左右に振ると今度は鼻の頭に止まりやがった。もうがまんがならない。そのままの姿勢を保ちながら丸める新聞紙はないかとあたりを見回すが、ない。しかたがないから鼻をはじいた。

 ふとテレビを見ると、サッカー女子日本代表と中国代表の試合をやっている。おや、なかなかいい試合をしているじゃないか。日本のほうがうまいぞ、よし、そんな感じだ。

 と思っていたら、畳の上を蝿が近づいてくる。つつ、つつ。膝下に入ったあたりで無意識に右手でべたとやったら、蝿はつぶれてしまった。

 なんだ、意外と簡単に取れるものなのだ。そう、取ろう取ろうとするうちは、蝿にもそれが伝わるのだろう。うまくいかない。心が無になるとき、自分が何をしようとしているかを忘れたとき、意外と目的は達成されるのかもしれない。私は蝿から仏教を教わった気がした。ぎゃーていぎゃーてい。

2006年12月 7日 (木)

なぜ巨人は

 今年も巨人はフリーエージェントの選手を釣り上げた。日ハムの小笠原、オリックスの谷。さらにはわが横浜から門倉も採りそうである。

 できあがった他チームの選手を集めるのではなく、自チームの若手を育てる方針に変えたのではなかったのか。もうあきらめてしまったの?

 これでは単なる「巨人」という名の箱であって、中身は毎年入れ替わり、巨人ファンは応援のし甲斐がないだろう。スタッフがまるで「われわれには育てる力がありません」と宣言しているようなものだ。

 巨人の不安要素はほかにもある。伊原コーチが加わったことだ。原監督の意思かどうか知らないが、元西武の優勝監督である。うまくいくのだろうか。「船頭多くして船山に登る」、来年も優勝はあるまい。

 と、他チームの心配をしていたら、横浜の多村とソフトバンクの寺原のトレードが発表された。村田・吉村の成長があったので、投手のてこ入れをしようと首脳陣が判断したためだろう。多村は好きな選手であったが、やむをえない。寺原はいい投手なので、少し楽しみだ。大矢監督が横浜を優勝に導いてくれるものと期待している。

2006年12月 6日 (水)

挨拶のタイミング

 うちの近くにはまっすぐに伸びた散歩コースがあって、私は夕方散歩するのだが、母は朝早いうちに散歩する。そのときの悩みが、挨拶のタイミングである。知らない人が向こうからやってくる。一応「おはようございます」というのだが、横断歩道を渡って戻ってくるあたりで、また同じ人とすれ違うことになる。「また会いましたね、あははどうも」と実に気まずい感じになるらしい。

 私の場合は、すれ違うちょっと手前から下を向き、こちらはあいさつをする気がないことを示し、その場をやりすごそうと試みる。すると相手もそれを察知して何も言わずに通り過ぎる。都会で身につけた私流の対処法である。

 しかし、知っている人が遠くから歩いてくる場合はどうか。向こうもこちらをわかっている。知らん振りはできない。いったい、いつ気づいたふりをし、どのタイミングで顔を上げ、どんな表情であいさつをしようか、と思い悩むことになる。

散歩も楽ではない。この世は住みにくくできているらしい。

2006年12月 5日 (火)

ウィントン・マルサリスの不思議

 それにしてもウィントン・マルサリスというトランペッターは不思議である。技術、演奏の中身、リズム、どれをとっても最高、しかしまったく訴えないのである。

新作CDが出たらすぐ買いに行き、あまりのすごさに一週間そればかり聴くのだが、そのあと全く興味が失せ、円盤にして外に飛ばしてやろうかとさえ思う。

 音楽家には二種類あるようだ。とてもうまいのに、感動させられない人。あまりうまくないのに、感動させる人。原因は、そのプレイヤーのルックスだろうか、人間性だろうか、あるいはDNAに組み込まれた才能の違いだろうか。

私見だが、ウィントン・マルサリスは、音楽家として一番重要な才能以外のあらゆる才能を持って生まれた。そして彼の技術を聴く(あるいは見る)ために、今も多くの聴衆がコンサートに集う。

ひょっとしたら、彼のウンコは、透明かもしれない。

2006年12月 4日 (月)

クリフォード・ブラウンの偉大

 歳を経るにつれて、クリフォード・ブラウンへの思慕の情がつのる。なんとすごいジャズ・トランペッターであったことか。1956年、25歳の若さで、生涯二度目()の交通事故で死んでしまった。実働4年、その音楽的成果はエベレストをも凌がんかという高みにあり、いまだだれも超えることができない。

 ラジオから流れる「メモリーズ・オブ・ユー」を耳にしたのが最初だった。音色、フレーズ、リズム、すべてが魅力的だった。そのとき私中学生。人間とはこうもすごいものかと思った。

 何十年活躍したつもりでも、その数十年後、録音を聴いてもらえる人がどれだけいるか。それを考えた場合、ブラウンやブッカー・リトルのすごさがわかる。彼らは、たとえ数年の活動であっても、人は歴史に名を残せるという好例である。それはもちろん、内容が抜群だから。現在の人でいえば、トム・ハレルの80年代後半~90年代前半もそれに当たるだろう。

私もいつかは、人生のハイライト・タイムを作らなければ!ああ!

ビギナーの方へのお勧めCDClifford Brown『クリフォード・ブラウン・ウィズ・ストリングス』、Booker Little『ブッカー・リトル』

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